学術論文を読んでみよう

後期の創造工学セミナーは火曜日と金曜日に開講される。火曜日に行われる「学術論文読み」の解説を行う。


学術論文読みの流れ

火曜日には、学生が交替で「学術論文を読む」という内容を行う。その解説を以下で行う。

具体的な流れは下記の通りである。
  1. 次回の担当学生を決める(1 週あたり 2 名)。

  2. 担当学生2名は自分が読む学術論文を選び、その論文で良いか教員の許可を得る。許可を得るのが早い方が学術論文を読む時間を多くとれる。
    論文読みを担当するのは火曜日の場合、前の週の金曜日 17:00 には論文が決定していること。
    なお、これは「金曜日 17:00 までに許可を得るメールを出すこと」という意味ではない ことに注意。
    なぜなら、メールを出しても一回目では許可が出ず、二回目、三回目のメールで論文が決まることもあり得るからである。
    金曜日 17:00 には論文が決定しているためにはもっと早くにメールを出している必要がある、ということ。
    ちなみに、金曜日 17:00 を設定している理由は「メールの使い方 (PDF)」の 11 シート目に解説があるので復習すること。

  3. 担当する学術論文を必死に読む。わからない内容、用語などは調べながら読み、内容の理解に関してベストを尽くす。
    読んで理解するのにかかる時間は、2~3時間かもしれないし、5~6時間かもしれない。
    論文を理解するためには時間を惜しむべきではない、ということ。

  4. 読む論文の PDF ファイルなどを事前にメールなどで教員と学生全員に送っておく。
    その際、教員と学生全員に、一通のメールでPDFファイルを送付すること。
    メールの使い方 (PDF)」で解説したように、「自分は学生と教員にファイルを送付しましたよ」という情報を全員で共有することになる。
    メールの重要な役割の一つはこのような「情報の共有」なのだった。

  5. 発表当日は、Google Meet の画面共有機能を用い、教員や他の学生にその論文の要点を伝える (一人15分~30分程度)。
5. の発表に関して、注意すべきことがある。
重要なことは、皆さんが長時間かけて理解した内容を、
教員や他の学生が 15分~30分程度で理解できるような説明が求められている
、ということである。

すなわち、内容を理解した上でその要点を伝えることが重要、ということである。
そのために必要な能力は、前期行った「卒論を1ページにまとめる」能力が近いだろう。

だから、オンラインで説明するときに最も避けるべきなのは「論文をそのまま朗読する」ことである。

また、過去の学生が去年行ったことも悪い例として紹介しておく。

一般に学術論文というのは5~6ページに書かれていることが多い。そのかわり、小さい文字でびっしり書かれている。
その論文に対し、過去の学生は20~30ページくらいの資料を作成し、その自作資料をただ朗読していた。
(私は資料を作成しろとは一言も言わなかったが、なぜか全員作成してきた)
で、20~30ページくらいの資料はほぼ論文の丸写しに近く (ただし間違いだらけ)、
ページ数が多いのは単にフォントが大きく行間が広いから、というだけの資料だった。

そのため、私は学生が作った資料を全く見ず、論文の原本だけを毎週読んでいた。

ここで皆さんに求められているのは「皆さんが長時間かけて理解した内容を、
教員や他の学生が 15分~30分程度で理解できるよう解説すること」なのであった。
そのため、論文の丸写しに近い 20~30ページの資料を作っても労力の無駄である。
それよりは、前期行った「卒論を1ページにまとめる」演習のように、
1ページ程度に論文の要点をまとめた資料の方が価値があることは想像ができるのではないだろうか。

ただし、前期に演習を行った皆さんは「1ページに論文の要点をまとめる」ことの大変さを恐らく理解しているだろう。
しかし、その過程で行われる「頭を使った知的作業」が皆さんの成長にとって重要なのは前期の演習で伝えた通りである。

で、その「1ページ程度に論文の要点をまとめた資料」を作るべきかどうかであるが、皆さんが資料なしで要点を伝えられる自信があるなら必要ないとも言える。
ただし、やってみれば分かると思うが、オンラインミーティングで資料なしで何かを伝えるのは結構難しいと思う。
キャンパス内でならホワイトボードや黒板に補足を書きながら説明できるが、オンラインではそれができないためである。
そのため、なんらかの資料があった方が説明はしやすいだろう、ということはアドバイスしておく。


ではそもそも学術論文とはなんなのか?何を選べば良いのか?

そのようなわけで、皆さんは学術論文を自分で選んで読むことになるわけであるが、
皆さんはそもそも「論文」とは何なのかを良く分かっていない状態だと思う。
それをここから解説していく。

まず論文には「外部向けの論文」と「内部向け論文」がある。 皆さんは「論文」というと卒業論文や修士論文をイメージするかもしれない。
しかし、上に記されているように、卒業論文や修士論文は内部向けのものであり、今回皆さんに読んでもらう論文の対象外である。

私の研究室のように、可能な限り卒業論文と修士論文を公開している研究室もあるが、
それは「本来内部向けのものを外部に公開してるだけ」なので対象外であることに変わりはない。

次に、「外部向け論文」をさらに以下のように分類する。一般に、上に配置したものほど学術的価値が高いと考えられることが多い。
  1. 英語論文 (査読あり)
  2. 国際学会発表用論文 (査読あり)
  3. 日本語論文 (査読あり)
  4. 国内学会発表用論文 (査読なし)
  5. 大学紀要 (査読なし)
まず、5つの分類が「査読あり」と「査読なし」に分けられていることに着目して欲しい。
原則的に、皆さんに選んで欲しいと考えているのは「査読あり」の論文である。

「査読」とは、2名以上の専門家が論文を読んでその学術的価値をチェックをすることを指す。
複数の専門家が「この論文には学術的価値がある」と判断したときに初めて、論文として出版されるのである。
すなわち「査読あり」の論文とは、そのような厳しいチェックを経て世に出て来た、ハイレベルなものと考えて良い (少なくとも通常は)。

それに対し、「査読なし」の論文はそのような厳しいチェックを経ていない。
すなわち、査読なし論文のレベルは、執筆者およびその共同研究者や指導教員がその論文をどの程度自分達で厳しくチェックしたかに依存する。

さて、これまで皆さんは「大学は研究をするために行くところである」と言う話を聞いたことがあるかもしれない。
しかし、「ではそもそも研究とは何か」についてはあまり解説されることがない。

実は、「研究とは査読あり論文を書いて自分たちの成果を外部向けに発表して行くことである」というのが
研究についての一つの説明である (「一つの説明」であり「唯一の説明」ではない)。
この説明に従えば、内部向けの卒業論文や修士論文を書くことが研究なのではない、ということをまずは注意しておきたい。
卒業論文や修士論文としてまとめた内容を最終的に学術論文として外部に発表して初めて研究となる、ということである。

また、大学では学生の部活動がロボット作成、自動車作成、飛行機作成などを行っている。プログラミングの部活動もあるだろう。
それらを総称して「ものづくり」と呼ぶことがある。研究と違い、皆さんは「ものづくり」に関してはある程度のイメージを持っていると思う。
しかし、「ものづくり」は、どんなにハイレベルなことをやっていても、通常は論文にならないことが多く、その場合も「研究」とは見なされない。
「ものづくり」と「研究」は違う、ということである
(「自分は研究が好きで早く取り組みたい」という学部生が時々いるが、実際には「研究」ではなく「ものづくり」のことを言っていることが多い)

さて、査読ありの論文とそうでない論文の具体例を見てみよう。

2021年3月卒業の「教育支援システム」の卒論でで参考にした論文として以下のものがある。 リンク先を見て欲しいが、この論文は「日本教育工学会論文誌」という学術雑誌 (ジャーナルともいう) に掲載されたものである。
そのため、「3. 日本語論文 (査読あり)」に属するものと言える。

一方、こちらも見て欲しい。
上と著者名やタイトルは似ており、実際、内容もほぼ同じである。 「日本科学教育学会年会論文集」と書かれているが、これは上で言った学術雑誌とは異なる。
タイトルに「学会年会」と書かれている。これは「日本科学教育学会」という学会組織が年に一回行う発表会で発表するための論文なのである。
すなわち、「4. 国内学会発表用論文 (査読なし)」に属する。

このように、「年会」、「シンポジウム」、「フォーラム」のような発表会の名称が書かれていたり、
「論文集」、「予稿集」、「講演論文集」、「概要集」、「技術報告」、「技報」などと書かれているものは
大体「4. 国内学会発表用論文 (査読なし)」に属するので、今回は対象ではない


なお、私の研究室に以下の論文がある。 これは、大学に所属する研究者がその大学の発行する雑誌に発表したもので、「5. 大学紀要 (査読なし)」に属する。
このように「研究報告」などと書かれているものは大学紀要に属することが多く、もちろん今回の対象ではない。

このように、論文を選ぶときはその掲載雑誌名に着目すると良い。
とは言え、どれが「3. 日本語論文 (査読あり)」でどれが「4. 国内学会発表用論文 (査読なし)」かを見極めるには慣れが必要であり、なかなか難しい
さらに、学術雑誌に載っているものでも、招待論文や解説論文だったりコラム的な内容だったりして「査読あり」とは言い難いものがある、という例外もある。
これら招待論文、解説論文やコラムも今回の対象外とする。

このあたりは、ひとまず選んでみてから教員のチェックを受けるしかないと思う。

なお、参考までに言うと、私の研究室で学生が書いた論文がダウンロードできるが、
ほとんどが「4. 国内学会発表用論文 (査読なし)」か「5. 大学紀要 (査読なし)」であり、それらは今回の対象ではない。
私の研究室で学生が書いた査読あり論文は、2020、2021 年度の のみであり、これは「2. 国際学会発表用論文 (査読あり)」に属する。これだけ数が少ないのは、査読あり論文を出すことは学生にとってはかなり大変なことだということを意味する。


備考

以上、論文を選ぶ上での原則を述べた。「査読あり」の論文を選ぶことは、例年変わらない原則である。

一般的に、「学術的価値が高い」論文を読みたければ「1. 英語論文 (査読あり)」を選ぶべきだというのが大前提である。
「日本語の論文しか読めない」ということは、研究をする上では「学術的価値が高い」論文にアクセスできないと言う意味で、
大きなハンディキャップとなる。
とは言え、これまで日本人の学生が読んで来た論文は 100% 「日本語論文 (査読あり)」である。
それが駄目とは言わないが、日本語論文のみを読んでいる限り世界の最先端の研究には触れられないことは自覚すべきである。

さて、皆さんはインターネットで学術論文を探し、PDF ファイルをダウンロードすることになる。
しかし、PDF のダウンロードが有料の場合がある。
そのような状況でも、大学は様々な学術雑誌と契約しているため、
「大学ではダウンロードできるが、自宅からはダウンロードできない」ということも起こり得る。
基本的には皆さんは「大学でダウンロードできる論文を探す」ことになるだろう

「大学でも PDF をダウンロードできない」場合、一般的には大学図書館に紙でのコピーを依頼することになるが、
届くまでに1週間以上かかるし、電子媒体ではなく紙で届くので、今回の論文読みにコピー依頼の方法を用いるのは現実的ではないだろう。

また、当然のことであるが、論文を探すときは皆さんの研究テーマに関わりのある論文を選ぶこと
自分達の研究テーマに関わる領域において、論文とはどういうものか、研究とはどういうものかを論文を読むことを通して学んで欲しいからである。

また、皆さんの研究テーマは、工学や情報学に関わるテーマになるだろうから、工学や情報学に関わる論文を選ぶべき、ということも注意しておく。
(可能な限り) 教育学や心理学の論文を選ぶべきではない、ということである。

そのためには、論文を探す際に (例えば) 下記のようなキーワードで探すのが良いだろう。
どのようなキーワードを選ぶかは皆さんがやりたい研究の方向性によって決まる。 また、選ぶ際には論文の出版年にも注意すると良い。
過去の卒論で用いた人物センサ Kinect は 2010 年頃登場したことに関連し、2011~2013年頃は「Kinectで○○を実現」という論文が多く書かれている。
このような 2010 年代初期の論文は、現在の感覚では「やや古い」という印象のものが多い。

古いからといってその論文を読むことを却下することはなるべくしないようにするが、
少なくとも「現在の観点からみて何が古いのか」を考えながら読んで欲しいと思う。



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